【靭帯無頼】ガイジ REBORN
ちわす・・・ちわす・・・
昨日の続きということで早速やっていきたいと思います。
1年生の11月に椎間板ヘルニアになってから薬物(合法)による保存治療を行い、なんとか3月頃に復帰できました。
そこから新歓期に入り、頭のおかしいビラを作ったりして、最初は一緒に面白がっていたはずの部員達から掌返し猛バッシングを受けるなど色々ありました。
それでまあ5月の国公立大会まではそんなに大きな怪我をすることなく平穏無事に過ごせていました。
が、悲劇はまた出稽古先で起きてしまうのです。
破滅5.他大のOBによる凶行
下手人・・・R大学OB(コーチ)
痛み・・・いつもより酷い
時期・・・5月下旬
東日本大会一週間前くらいに、最後の調整と言うことでR大学に出稽古に行った時に怪我させられました。
向こうの部員はもちろん、OBや助っ人とも相撲をとる機会があったのです。
そんな中で、とあるOBを電車道で粉砕したところ、そいつがムキになって「もういっちょ」と無理やり相撲を取らされ、その最後に雑に寄り切られた時に右膝が外れてしまいました。マークは許せるけどアイツは許せねーな。
まあ今後粉砕していけばいいので構いませんが。この時もめちゃくちゃ痛かったです。
ちなみにその1週間後の東日本大会ではレギュラー出場し、絆のチーム國學院を撃破しました。
なんかこれ書いてるうちに痛いのに無理矢理出場してることが多すぎる。
人が少ないからね。しょうがないね。
俺を助けると思ってみんな入部してくれや。
破滅6.いつの間にか半月板粉砕
下手人・・・1年以上怪我を放置した自分
痛み・・・もはや相撲どころではない。
時期・・・2年生の10月
東日本大会以降は合宿や七大戦があったのですが、ヘルニアの痛みにも悩まされ、思うような結果も出せませんでした。
七大戦の後、自分の無力感からストレングス工房(後日記事にします)とかいうやべージムへの入会を決意し、2ヶ月でベンチプレスのマックスが30キロ上がりました。
工房のおかげか、10月の東日本リーグ戦ではCクラスで敢闘賞(団体戦全勝)をとることも出来ました。
そんなまさにこれからって時に半月板が粉々に砕け、工房で紹介してもらった順天堂系列のちゃんとした病院で見てもらったところ、右膝前十字靭帯断裂と半月板損傷が発覚しました。
半月板はつい最近とのことでしたが、前十字靭帯はとっくの昔に切れていたそうです。
実際、一年生の後半から約一年半の間、毎週のように近所の整骨院で電気治療を受け続けて、自分を騙しながらギリギリの状態で相撲をとってました。
膝や腰の痛みで満足に稽古が取れないのはとても悔しかった。それを周りに言われるのはもっと悔しかった。そして、稽古量の差で他大の同期達と差がどんどん広がっていくのが本当に悔しかった。
だから即手術することを決めました。
そして、あれから約8ヵ月・・・
本日とうとう相撲が解禁されました。
日々のリハビリにも耐え、稽古できない間もほぼ欠かさず稽古に参加し、苦渋を舐めてきました。
しかし、リハビリの日々のおかげで大幅な肉体改造に成功し、靭帯切れてる割には頑張ってたあの頃とはもはや別人です。
正直どこまで強くなっているのか?強くなっていないのか?全くわかりません。
ですが、8ヶ月間土俵の片隅で相撲を見続ける惨めな日々はもう終わりです。
これから「近年最強伝説」をもう1度始めていこうと思います。
2日間にわたって自分語りを垂れ流してしまってどうもすみません。
明日からはまたおふざけ満載の記事を書いていこうと思います。
それでは最後まで読んでくださった皆様、
どうもごっつぁんです!