どすこい東大生の自分語り

どすこい東大生が自らの日常や趣味の話を中心に自分語りするブログ。

【靭帯破戒録】ガイジ(1年生編)


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ちわす。

今日は完全な自分語りですが、私の靭帯破壊録を書いていきたいと思います。

 

※東大相撲部に入ると怪我をしてしまうとかそういうわけでは)ないです。

 

 

全ての始まりは1年生の4月だった。

当時、体重のおかげもあって「近年最強の1年生」「入った頃の逸ノ城と呼ばれていました。実際、初めから三年生の先輩に勝利するなど今から考えてみれば我ながらかなりやべーやつだったんだなぁと惚れ惚れしてしまいますね。

 

そんな栄光の相撲部生活を迎えるかと思った矢先、一回目の靭帯破滅が僕を襲いました。

 

 

破滅1. 謎の外国人に粉砕される。

下手人・・・謎の外人「マーク」

痛み・・・靭帯破滅史上最大

時期・・・1年生の四月末

 

あの時は絶望的でしたね。あの日の稽古は今でもよく覚えています。初の国公立大会に向けて稽古が加速する中、その日は某激ヤバOB近所のおっさん、そして今回の下手人で恐らく不法入国者であろうマークなど、たくさん人が来てましたねぇ。

 

マークの情報を補足しておくと、身長180以上、体重100くらいのデカさで住所不定

(なお、本人は「横浜のアンダーザブリッジ」に住んでいると証言していた模様)

移動手段としてスケボーを用いており、渋谷駅構内でも平気で乗ったり引きずったりしている。とにかくやべーやつ。

一年半ほど見かけていないので、恐らく強制送還されたと考えられる。

 

まあこんなやべーやつと1年生なのに稽古をしたわけです。最初の何番かは実は劇的勝利を収めていたわけですが、体力が減った後半戦で立会い一発で押し切られてしまいその際に負傷。

 

今考えるとネイマールみたいにわざとらしく痛がっておけばよかったんですが、(太っているのに)痩せ我慢してしまったせいでその負傷は軽視され、その日は普通に徒歩で帰宅。

 

翌日辺りに近所の整形外科に行ったわけだが、レントゲンだけ適当に取られて適当に診察され、適当に包帯巻かれて3000円ボッタクラれました。

 

ちなみにレントゲンでは靭帯の怪我は判別できないので、靭帯かなぁ?と思ったら必ずMRIを撮ることの出来る大きな病院に行きましょう!

(これはガチで教訓)

 

おそらくこの時の怪我で右膝前十字靭帯断裂していたことが後に発覚するわけですが、そこから約2年間靭帯の切れたまま相撲を取り続けていたわけです。

 

ちなみにその状態で2週間後の国公立大会にレギュラーで出場し、団体戦、新人戦、個人戦で合計15番くらい相撲を取りました。

 

靭帯がなくてもなまじ動けてしまうくらい頑強だったのが不幸にも靭帯破滅発覚を遅らせてしまったのです。

(逆に俺凄くね?)

 

破滅2. 東日本大会で自爆

下手人・・・T大の中堅

痛み・・・よくあるやつ(関節がずれる痛み)

時期・・・1年生の6月上旬

 

国公立大会はまあ無事に乗り切ったわけですが、次の東日本大会でまたやっちまいました。相変わらずレギュラーメンバーだったわけですが、1回戦目のT大学戦のときに立会いの衝撃で右膝が外れ、痛みに耐えながらそのまま電車道で勝利したわけですが、そこから動けなくなってしまいましたね。

ここで勝てるのが凄いなぁ俺はやっぱ。

 

流石に連続で怪我ばっかしててやばいと思ったのですが、例の病院は相変わらず関節捻挫の一点張り。意味の無いリハビリが続き、いつしか行かなくなりました。(当時は治療費も全部自腹で出していたので)

 

 

破滅3.夏合宿でおっさんに捻られる

下手人・・・謎のおっさん

痛み・・・いつもの

時期・・・1年生の八月上旬

 

これもひどい。合宿に善意で参加してくれていた謎のおっさん(OBでもなんでもないTDN相撲好き)に捻られて膝を負傷。

合宿は東北の白河関でやっていたので周りにはまともな病院もなく、そのおっさんに車で病院まで送ってもらいました。しかし、その病院の設備もレントゲンのみで「僕じゃわかりません。とりあえず自分でテーピングしてください。」という衝撃の診断をされてしまった。仕方ないので近くのショッピングモールでおっさんにテーピングを買ってもらい、テキトーに自分で固定しました。

二週間後に七大戦が控えていたのですがレギュラー出場は絶望的に。なお、何故か個人戦は出場してしまった模様。

 

一回膝外れると3週間は危なくて相撲取れなかったんですがそれは。

 

まあええわ。

 

 

 

破滅4. パワハラ出稽古で破滅

下手人・・・出稽古先のクソデカ中学生

痛み・・・いつもの

時期・・・十月頃?

 

当時4年生(5回生)だった某先輩に出稽古招集され、本人は相撲も取らずに即帰宅、僕と当時いた女子プレイヤーのふたりが取り残されました。出稽古先は某相撲クラブだったわけですが、全国レベルの中学生が沢山いて、その中のクソデカ中学生(120キロぐらい)と相撲を取った時に相手が重すぎてやっちまいました。まあ勝ち越しましたが

いつもの事だったのでもはや病院には行きませんでした。

 

ちなみに僕はパワハラは絶対にしないのでご安心ください。

 

 

番外編、腰椎破滅キモオタク

その年の11月にインカレが終わったあと、オフの期間であるのにも関わらず、理不尽な理由で例のパワハラせんぱいに招集され某区民大会とかいうクソ大会に無理やり出場されられました。その頃は膝というよりも右足をかばいすぎて体のバランスが崩れ、腰を痛めていました。

たった1週間のオフ期間にしっかり治そうと思ってたのですが、例のクソ大会に出たせいでろくに休めず、11月末の駒場祭初日の朝、激痛で全く歩けなくなり、病院に搬送されたところ、椎間板ヘルニアであることが判明しました。(全治4ヶ月、動けるようになるまで二週間寝たきり)
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椎間板ヘルニアはガチのマジで痛すぎて寝たきりになるので周りの人はあまり軽く見ないであげてください。

 

まあこうして怪我だらけの一年目が無事死亡しました。

 

この時点ではまだ靭帯破滅に気がついていなかったので二年目も怪我が続くわけです…

 

 明日は激動の二年目、靭帯破滅発覚〜入院について書いていこうかと思います。

 

それでは最後まで読んでくださった皆様、

どうもごっつぁんです!